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시작이 반이다.

思い立ったが吉日。

Littor 創刊号 (2016.8~9) - JONGHYUN

 

 

「読むあなた」

自ずと静かに光り輝く、ジョンヒョン

『今も昔も僕にとって文章の形となった芸術は、計り知れない憧れの対象やファンタジーとして残っています。だから、文章も音楽のような存在になったらと思います。』

 

本を読むことは、最も内密な経験や知的な体験だ。「読むあなた」は、親しみやすいと同時に見慣れないアーティストの、経験と体験を分け合う。文学(Literature)の外で新しいLittor(文学を学ぶ人)を訪ねる。文学の外はなく、文学の可能性はこれくらいやとても大きいと、まさにあなたが、話してくださったら嬉しい。
ステージがすぐさま芸術となるアイドルグループ SHINeeでボーカルと作詞、作曲に頭角を現しているジョンヒョンに出会った。ジョンヒョンは、本を読む静かな瞬間にも、自ずと光を発する。ジョンヒョンに尋ねた。
あなたは、どんな本を読んで来ましたか?

 

あなたは本が好きな少年でしたか?

読書感想文を書くと、お母さんがお小遣いをくださったんです。本を読んで、読書感想文をたくさん書きました。お母さんがお作りになったお小遣いミッションがあったんですが、いちばんお小遣いを多く貰える課題が読書感想文でした。2,000ウォンだったか、3,000ウォンだったか。本を全部読んでも読書感想文をきちんと書けなければ、お小遣いを貰えなかったんですよ。


読書感想文を書くことは楽しかったですか?

楽しかったように思います。1週間に本をどれほど読んだでしょうか、お母さんが「この本を正確に全部読んで書いた読書感想文だ。」と判断されたら、それに見合ったお小遣いをくださったのですごく楽しかったように思います。そうしているうちに、本を読む習慣ができました。


初めて読書感想文を書いた作品を覚えていますか?

僕が覚えているのは「帰ってきた珍島犬 ペック」です。(笑)本当に幼かったときでしょう?記憶に残る本です。同じ年頃の友だちと読んだ本は、ほとんど同じでした。「ハリーポッター」シリーズが好きでしたし、以前に「感嘆符」という番組があったじゃないですか?「本本本 本を読みましょう」というフレーズが有名だったんですが、後にはそこで推薦してくれる本をたくさん読みました。そのときはたぶん中学生でした。そして僕よりふたつ上のお姉さんが読む本を、僕も読みました。


あなたが本を読むことに家族の影響が大きかったですか?

お母さんも、お父さんも本がお好きで、家に本がすごく多かったです。それで、家に本の匂いがいっぱい残ってたんです。お母さんが保育園の園長でしたし、その前には町役場で仕事をされてたこともあったので、影響を少し受けたのではないだろうかと思います。本は、だいたい個人的な空間で読むじゃないですか。それで何でしょうか、本はすごく家族のような気がします。その空間にいる人たちだけ読むことができますから。だからこの人が本をどのくらい読んだのか、他人が知ることは難しいと思います。僕が読んだ本とあの人が読む本が被らない場合もかなり多くて、「お、僕が読んだ本をこの人は読んでないんだな?」と思って、本を読まない人だと決めつける場合も時々あったんですよ。


子どもたちは自分の本をすべて読むと、大人たちのページを覗き込んだりよくするでしょう。あなたもそうでしたか?

そんな本もありました。「白い闇」を初めて読んだときには、原初的な感じがしました。幼かったときはただファンタジーとして読みましたが、大きくなって読んでみると、見えないいろいろな脈絡が掴めて不思議でした。


同じ本を何回も読むこともしますか?

読んで、読んで、読んで、また読んだりもします。好きな本は、ずっと読みます。


最も多く繰り返して読んだ本は何でしょう?

カフカの「変身」です。この本は何でしょうか、最近の言葉でいうと「怪異(괴랄)」じゃないですか。だから幼いときから好きでした。
小学校か中学生のとき、その本を初めて読んだんですが、「こんな本を子どもたちに推薦するって?」と思ったような気がします。僕はエドガー・アラン・ポーの「黒猫」を始めとした短編たちがすごく好きです。「デミアン」では、自分がなりたくて憧れることのできる人物に出会ったでしょう。青少年推薦図書は、結局大人たちが決めるじゃないですか?なので、青少年のときよりは、大人になったときに読んだらいい本が多いと思います。


「変身」は、最初の文章がいちばん印象的な本として数えられたりもよくしますが、あなたにも特別に近付いてきましたか?

想像しました。主人公が目を覚ましてみると、虫に「変身」しているじゃないですか。そのとき、僕がお姉さんと部屋を一緒に使ってたんですが、僕がベッドで目をパチリと覚ましたとき、小説の中の主人公の状況になっていたら窓がどんなふうに見えるだろうか、本棚はどんなふうになっていて、引き出しはどんなふうに開けるだろうか、そんなことを想像したことがありました。初めて読んだ「変身」は、挿話がある、すごく大きな本でした。グロテスクな白黒の絵がある本だったでしょう。さまざまな版の「変身」を読みましたが、初めて僕が手に入れた表紙の形が大きな本がいちばん感覚が良かったと思います。


たった一度、本の中の世界に飛び込むことができるなら、どの本を選びますか?

僕が進行するラジオで本を紹介するコーナーがありますが、そのコーナーのゲストに僕がした質問です。僕はDJなので、答えませんでした。これは答えることが難しいと思ったので、すぐに歌を流してしまったんですよ。(笑)
僕はファンタジージャンルがすごく、すごく、好きで、ベルナールウェルベルの本の中に手に入れたい考えが瞬間的に浮かびましたね。主人公ではない、役に立たないキャラクターの中のひとりだったら嬉しいです。脳を食べてしまう犬とかです。ベルナールの「脳」という本に出てきます。主人公にならなくても、その世界にあるものだけでも十分だと思います。


本を所蔵することにも熱心ですか?

そんなことはないです。本はただ読むことがいいと思いますし、もともと僕はものをよく失くしてしまいます。


では、海外公演で持っていった本をホテルに未練なく置いて来るんですか?

全部読んだならです。僕が同じ本を何度も読むとお話したじゃないですか?だから僕はその本をまた読みたいと思ったら、毎回新しい本を買います。そして、また失くしてしまいます。


立派な読者ですね!(笑)ならば、本を読む時間はあなたにとって息抜きですか?

息抜きは、ただぼーっとしているとき。息抜きというよりは悩む時間だと思います。本を読んだり、映画を見たり、音楽を聴いたりすることも、完璧な息抜きだとは思わないです。創作活動のための準備期間でしょうか。文学のように他のジャンルの作品を見ながら、インスピレーションをたくさん受けますから。


直接、歌詞と曲を書くミュージシャンですよね。何人かの詩人は「View」の歌詞を称賛したらしいですが?

本当に昔から書いてみたいテーマでした。色聴現象。音が色彩のように目に見える現象なんですが、人が持つ感覚と第六感に対する共感覚的心象を集めておいて具体化させた歌詞です。


あなたの歌詞は好奇心が湧きます。「Orgel」だとか、「憂鬱時計」だとか、ある糸口から物語が始まり、また今もある物語が続いているようだからです。

僕は悪趣味があるのか、他の人たちが見ることには美しい歌詞ですが、中に出来の悪い内容たちをたくさん残したんですよ。「Orgel」歌詞は、「蝋人形の館(House of Wax)」を見て書いた歌詞です。愛に対する執着のために気が抜けてしまったキャラクターだとか、このようなことに興味が向きます。そのようなスリラーや、恐怖に関する本と映画を見て書いた歌詞が多いです。「Orgel」は歌詞内容の中で、愛する人をずっと拘束しようとする男性主人公を話し手として陰惨な雰囲気を作りたかったです。「エドガー・アラン・ポー 短編選」を読んでから「慾(Obsession)」という曲の歌詞を書いたんですが、それも出来の悪い愛の姿でしょう。「憂鬱時計」は、憂鬱なときに書きました。何かをすれば、「憂鬱だ」「憂鬱だ」という口癖があったときでした。「君ばかり憂鬱なわけではないよ。」という下品な慰めを与えたかったようにも思います。


歌詞を書くことは、どんな意味ですか?

音楽というジャンル自体が、短い時間内に何らかのストーリーをうまく伝えなければならないので制約が多いんですよ。だから魅力的なんですが、だから難しいです。短いために、歌う人のキャラクターがよりたくさんの影響を与えることもあります。いちばん難しいのは、僕がメロディーを書かなかった曲に歌詞を書く場合です。僕が話したい物語がこれくらいになるのに、これを集約して減らしながら書かなければならない場合たちがあるということです。メロディーの音節は20個くらいしかないのに、僕が書きたい言葉は50字以上です。重要なことは、キャッチをしなければならないことじゃないですか。


推敲の過程と似てるんですね?

ずっと選び抜く過程を経てみると、歌詞がインパクトを持つ場合もあります。また、ここに付け足してみて、あそこにも付け足してみる作業だけ繰り返しながら、結局突き返されてしまうこともありますよ。僕はこのコンセプトでずっと歌詞を書きましたが、結局もっとうまく表現されるメロディーがあると思います。歌詞を書くことは、それほど妙なことでしょう。


初めての本のタイトルを「山荷葉」としましたが、あなたの歌でもあるでしょう。本を出した原動力は、何でしたか?

本を出したことは、純粋に個人的な欲だったように思います。僕はひとつの単語を掘り下げる習慣がありますが、そのときは「귀속(歸屬)(帰属)」という単語にハマっていました。文学と映画は、物語の起承転結、前と後をすべて説明してくれるじゃないですか。ところが、音楽はそれがないです。すごく自由でしょう。だから本を書いて、僕の音楽に僕の想像力と文章を帰属(귀속)したかったです。
この本の内容がこの音楽に影響を及ぼしたら、この音楽の内容がこの本に影響を及ぼしたら……そんなやり方で書きました。僕の本はただ本の力だけで出したものでなく、音楽があったので、僕が今まで書いた歌詞たちがあったので、書くことができた本でした。だから本を書いたというよりは、歌詞を集めたというくらいの意味だったと思います。


初めての本を小説集と名付けましたが、なぜ小説という形式を選択しましたか?

僕が話した「想像力の帰属(귀속)」を表現することが楽でした。なぜかというと、小説というジャンル自体の中に、表現することができるいろいろな方法があるじゃないですか。だから僕が書いた小説の中には、インタビュー形式もありますし、物語もありますし、手紙もありました。このようなものたちをすべて一度書いてみたいという個人的な欲によって、小説を選びました。しかし、後から後悔しましたよ。あ、ダメなんだな。僕はこんなことを書くことができない人だと後悔をしました。(笑)ヘミングウェイがそうだったというじゃないですか。すべての草稿はごみですと。(笑)人びとは音楽を素晴らしいと言いますが、僕は音楽をするので、音楽がそれほど素晴らしいものではないということを知っています。
しかし、今も昔も僕にとって文章の形となった芸術は、計り知れない憧れの対象やファンタジーとして残っています。だから文章も、僕にとって音楽のような存在になったらと思います。ファンタジーは、征服したら壊れないじゃないですか。そのファンタジーがいつか壊れたら、嬉しいです。


本を読むときは音楽を聴きますか?

いいえ、絶対にです。本を読むなら本だけを読まなければなりませんし、音楽を聴くなら音楽だけを聴かなければなりません。


また新しく作業している本がありますか?

ありますが、しばらくかかると思います。時間が流れていくままに置くことが、本当に重要なことのような気がします。僕がこれくらいの器を持っていたら、その器をいっぱいにするときまでに出すことができる作品が他にあるでしょうし。器に満たされた何かが足りないなら、やっとのことでそれくらいが込められている作品を作り出すのだと思います。僕がいろいろな活動をしてみると、昨年、一昨年に僕の器にあるものをすべて、本当に殻まですべて書いてしまったようなんです。その殻に染み込んだ匂いまで書いてしまった感覚で……またいっぱいになってくるのを待っています。

 

 

 

 

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